誰でもかかってしまう可能性がある病気の中にパニック発作というものがある。
ただ単に仕事などに追われてパニックになるのとはまったく違い、このパニック発作は一生のうち、100人に5人くらいの割合で経験すると言う。例えば、育児に追われた日々を送る母親、夜勤明けで申し送りをしなければならないナース、また、オペの直接介助を任せられたナースなどが突然息苦しくなったり動機がしたり声が出なくなったり強い不安が襲って来る。もう、それは死んでしまうのではないかと思うどの恐怖と共に。
もちろん、人それぞれで、日常ちょっとしたことで起こすケースも多い。ただ、はっきりしていることは、いずれも、その人の心に耐えがたい負荷がかかっているときに起こるということ。
私の友人も上記の症状と共に、手足のしびれが出現して立っていられないほどの発作を繰り返した。

このしびれは、発作を起こしたときにあせって呼吸が荒くなり、酸素をいっぱい吸ってしまうということが原因でもある。血液中の酸素が増えすぎると”過喚気”と呼ばれる苦しい症状になってしまうわけだ。
酸素は普段人の体に必要なものなので、ピンチに立たされたときほど、人はたくさん吸い込んで力を付けようとするのかも知れない。

いつも思うのだが、要するにこの手の発作を起こす人というのは、
”この状況を何とかしよう。”と思っている人なのだった。
つまりは
”生きよう、生きよう。”としているわけだ。

心に何の負荷もかからない怠惰な生活をしている人はたくさんいるというのに。それも個人の自由ではあるけど、そんな人たちに限って精神的に疾患を持っている人たちのことを偏見で満ちたまなざしで見る。
昔の私もそうだったかも知れない。

一方で、いつもまじめで、てんぱっている人。パニック発作を起こすような方々に限って、日常をうまく楽に過せない自分を恥じたりもする。責めて、責めて、責めまくる。
それは間違っている。
あなたはとてもがんばっている。だからたまには力を抜いて休憩していいんです。本気でギブアップしていいんですよ。
そう言いたい。

余談ですが、私は若かりしころ、時々仲間と集まってバイクのレースをした。たった400メートルを競い合うというレースだったが、ひどく負けず嫌いで、2位になるくらいなら1位の人のバイクの後ろにでも突っ込んで大破してもいいくらいに思っていた。
でも、それを話すと友人は笑ってた。
馬鹿だね。レースは次もあるのに。と。

あ、そうだ。私は多分レースよりも、時々こうやってみんなで集まって騒ぐのが楽しかったのだし、早く走りたいのも、もしかしたら好きな仲間に認められたいだけだったのかも知れないと、そのとき思った。

楽しまなければ意味がない。
急ぐ必要はない。
先に到着した仲間を賞賛しながら飲むビールもおいしかった。

人生はそんな夢のように楽しいレースのようなものかも知れない。

話しがうまくまとめられませんが、どうか、自分を責めないで。
あなたは素晴らしいガッツを持っている。だから、休むという勇気ももって欲しいのです。
今を楽しむために。

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